ブログトップ

虹の向こう側

shasta.exblog.jp

父のこと

お久しぶりのブログです。

実は只今、日本滞在中。
シャスタから帰った夜に日本から、父が緊急入院して危篤、末期の肝臓ガンで持っても後2,3日だという余りにも突然な連絡がありました。「後、2,3日って・・・、そんなの在り得ない!!!」焦る思いを胸に飛行機の手配をして、慌てて空港に向かいました。しかし、その日は飛行機の整備不良のためにフライトがキャンセルになり、翌日の便での帰国。その間、日本と連絡も取れず、焦りました。父は待っていてくれるだろうか?・・・。

病院に到着して迎えてくれたのは思いもかけずに元気そうな父の顔でした。後で聞いたら、父は私が来るというので、入れ歯をして、メガネを掛けて待っていてくれたそうです。父が総入れ歯だったこと、私は知らなかった。まだ頑張ってしゃれべたし、少しは身体も動かせたし、すぐに死んでしまうなんてとても思えない父の姿でした。

父はもう10年も一人暮らしで頑張ってきました。入院の前日に自分で病院に電話して救急車を呼んで緊急入院しました。自分が末期のガンだとは知りませんでした。1週間もすれば戻ってこれると思っていました。その父が12日の真夜中に眠るように安らかに光の世界に旅立ちました。入院前日に新聞屋さんとケーブルテレビの会社に自分で電話して解約をしていたということを後で知りました。

私は父に病気のことを言うべきか、悩みました。最期の時に光の世界へと旅立つ魂の準備を人はしておくべきではないか、と思っていました。自分の病気を知らずにそのまま死んでいくのは私にとっては悲しいことに思えました。父にはまっすぐに光の世界へ行ってほしい、そう強く願っていました。でも私は言わなかった。最期の時を優しさといたわりと光のしずくの中で父を見送りました。父の安らかな顔、そして入院前に生活の整理をしていたこと、父は自分の死をちゃんと知っていたのだ、と思います。

遠く離れた娘の到着を待って、入院してあっという間に旅立った父の死は私にとって大きな光でした。これほど清く、そして平安の中で父は死んでいった。私がこの人生で一番強く父を身近に感じ、愛することの出来た瞬間でした。私はこの10日間の父との思い出をこれから一生心の宝物として生きるでしょう。苦手だった父、いつだって反面教師だった父、でも今はこの世で一番大切な私の父だったことを知りました。

これからは私と一緒に光のお仕事をしようね。そう約束して今生での肉体のお別れをしました。

お父さん、お疲れ様。そしてありがとう。
[PR]
by serendip888 | 2007-11-17 14:53 | 独り言
<< 帰ってきました。 シャスタへの奉納演奏&舞 >>