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虹の向こう側

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余命

やっぱり命のことを考える日々。

昨日の健康診断で、ますますその思いが深まる。私の母は不治の難病で5年前に亡くなった。そのことをドクターに話したら、私がその母のDNAを継承する確立は20%だそうだ。DNAを受け継いだとしても、発病する確立は更に低いので、そんなに心配ではないけれど、もし母と同じ病気になったとしたらさて、私はどうするか?母は病院でほぼ5年間、寝たきりだった。植物状態で生きることが命の尊厳を守るかどうか、この判断は一人一人の考え方に委ねられている。家族にとっては一日でも長く生きていてほしい、という思いや、意思表示出来ない病人の命を第三者が奪うとことは出来ないという倫理観も伴い、大いに心を痛めることになる。私は長年の闘病で植物人間としてベッドに横たわる母にもうこれ以上頑張らなくてもいいんだよ、と枕元で母の魂に向かって囁いた。その三日後に母は自ら命の火を消した。母にまだそんな力が残っていたことに、私は感動した。一生懸命死ぬということを母から学んだ。父もまた私に同じことを教えてくれた。

それで、私は?自分はどうする?昔の人は延命治療なんて技術が無かったから、母と同じ病気の人は病状が進むとそのままあっけなく死んだのだろう。でも今みたいに病院にいればどんなことをしても命だけは繋げておくように処置出来る。それがいいのか悪いのか、全て本人の意思次第だから私にはわからない。だから病気になった人がちゃんと意思表示出来るうちに伝えておくことが周りの人のためにも大切なことだと思う。私はそんな強さを持つことが出来るだろうか。

でも、死ぬことは怖くないけれど、出来れば私を愛してこの世で私と遊んでくれた愛する人達を全部見送ってから死にたい。だってどうせ肉体を授かったのなら、その愛する人達とこの世を去る最後の最後まで一緒に遊んでいたいから^^)。

生命線は120歳まで延びてる、と言われたことがあるので、多分その希望が叶えられる確立は高いけど^^)。余命を悔いなく生きるために、死ぬ時のこと、しっかり考えておこう。
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by serendip888 | 2007-12-20 10:40 | 独り言
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